スポンサーサイト

  • 2011.08.09 Tuesday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。

阿部永次氏の画室

 



今年10月7日(金)〜10日(月/祝)まで弘重ギャラリーで行われる「阿部永次展」カタログ写真撮影のため、町屋にある阿部氏の自宅兼アトリエへ行って参りました。
(アリちゃん撮影ご苦労様)







画歴40年以上の阿部氏のアトリエは生活の場イコール制作の場。どっかりとしたイーゼルを中心に、雑然と置かれている描きかけの絵が、さりげなく良かったり。
これほど、贅沢な暮らしぶりがあるのかと、こういう人の事を幸せと呼ぶのではないかと思いながら、落ち着いた画室に私達もすっぽりはまってしまった。








この左の絵は40年以上前の阿部さん最初の人物画だそうだ。
額縁はカビだらけになってしまっていたが、油絵は美しい色を保ち、40年前そのままの肌の色が光っていた。








10月7日(金)・8日(土)・9日(日)・10日(日・祝)に
弘重ギャラリーで行われる「阿部永次展」。
画歴40年の遊びと深みのある作品をどうぞご高覧あれ!!


着々と準備中・・・

渋谷の「絵描き村」つづき

 
「渋谷の絵描き村が」
弘重ギャラリーの裏手にあるというので、
早速行ってみたら岡田三郎助の碑を見つけた。



岡田三郎助終焉の地。
昭和14年にこの地で死去した。

黒田清輝のもとで西洋画を学び、美人画家で有名。
第1回文化勲章の受章者でもあり、同時に受勲した作家は横山大観・竹内栖鳳・藤島武二である。
しかしなぜだか岡田三郎助だけほとんどの人はその名前を知らない。











祖母の家にあった岡田三郎助の絵も相続のため売られていったのだが、今や所在不明になっている。日本は個人が持つと作品が四散し、幸せな運命をたどれないのがとても惜しい。
当時の岡田の時代は「大正デモクラシーの時代」とてもいい時代であって、私はこの頃の油絵作家はとても好きで、歴史に残る大絵描きはたくさんいたはずだと思っている。個人や地方の美術館や財団へ買い取られ、四散してしまう。まとめてその人の作品を見る機会が少ないので、いつも残念に思っている。




おまけ・・・

話はそれるが、その点対照的なのは「岡本太郎」である。
実質的な妻である平野敏子は岡本太郎の有能な秘書でもあった。いえ、それ以上に彼の制作を指示していたというが・・・。彼は彼の作品が四散するのを恐れて平野敏子を養女にして全部自分の財産を相続させたのだ。(妻であると法定相続人に兄弟も含まれてしまうからか?)私は岡本太郎の作家としての評価に疑問が残るが、その演出能力・自分の作品を守り抜こうという根性に敬服する。いい相棒を持ったということか?



渋谷の絵描き村


渋谷の絵描き村
http://www.atebis.com/hiroshige-g/


「アトリエ・エビス」や「アトリエ・オモ3」の併設ギャラリー
「弘重ギャラリー」は私の生まれた2階建て木造の家屋を改装して作った。
恵比寿3丁目にあり、一見都心だが、恵比寿からも広尾からも白金台からも
徒歩15分はかかる不便な場所だ。
1階はギャラリーとして使用し、2階は個展を志すアマチュアアーティスト
のために一部屋8畳ほどのスペースをアトリエとしてレンタルしている。
ここでは心置きなく絵が描ける。
 恵比寿ガーデンプレイス・白金プラチナ通りに隣接した静かな一軒家のギャラリーです。      

1階のギャラリーの壁面は40メートル近くあるので、個展をするには
約40点余の作品が必要となり、結構手こずる。それでも今までに
アトリエの会員さんで5人ここで個展に挑戦しそれぞれ成功させている。
今年の秋にも阿部永二展と川田栄一展2人の会員さんが個展に挑戦する。

最近、姉からこのギャラリーのある恵比寿3丁目(昔は伊達町)は、
「渋谷の絵描き村」と呼ばれていたことを聞いた。
絵描きのコロニーがあったそうな。
ギャラリーのすぐ裏には明治〜昭和にかけて美人画で有名な「岡田三郎助」
以前祖母の家にあった岡田三郎助の油絵

や「辻永」「山下新太郎」「北八代」等が住み着いて、夜更けまで芸術談義を繰り広げていた。
 そういえば私の記憶にあるのは、劇作家の小山内薫(妹が岡田三郎助の妻)
も近くに住んでいて、薫の娘「みっちゃん」と「ちょかちゃん」にはよくわたしの
面倒を見てもらった。(薫が気難しかったので、いつも我が家に遊びにきていた)
 みっちゃんはその後「立松和平」の奥さんになって、和平は亡くなったが、
今でもすぐ裏手に住んでいる。


弘重ギャラリーはそんな歴史のある土地柄。
恵比寿のへんぴなところにあって、駅から遠い不便!!
と言われ、今までちょっと気が引けていたが、
絵描き村と呼ばれ、芸術とゆかりの深い人たちが選んで住んでいた土地だとわかって、
大いに勇気が湧いてきた。またそんなにぎわいを取り戻したいものだ。
平成はこの「弘重ギャラリー」から少しでもたくさんの喜びを分かち合える
創造者を輩出したい。
夢は見るものではなく「かなえるもの?」  頑張らなくっちゃ!!

えびすのなでしこ




こちらは、この秋に行われる「CUBE展」のプチアーティストたち。
6人6様。
打ち合わせに余念がない。



瀬戸内アート旅行最終日 倉敷

 瀬戸内アート旅行最終日 倉敷  6/24
犬島→宝伝港→西大寺→岡山→倉敷


「ミラバケッソ」でおなじみ倉敷紡績(クラレ)の街「倉敷」。
そこにある大原孫三郎のコレクション「大原美術館」が今回の最終目的地である。

私がちょうど小学校6年生の頃、連れてこられた「大原美術館」。そこで見たフランスの印象派コレクションは「国立西洋美術館」の松方コレクションと並び、今考えるととても充実したものであぅたのではないかと思う。

   


見事な佇まい。明治後期、画家である児島虎次郎が大原孫三郎の命を受け、
フランスへ行って絵画を収拾するも病死し、美術館の設立を見る事がなかった。

今ですら海外旅行が一般庶民の娯楽となり、誰しもがルーブル美術館やオルセー美術館を訪れる機会に恵まれるが、当時明治大正時代にこのような絵画が買い集められ、展示されたという事はとても画期的であり、これにより西洋に目を向け、画家を志す人も多くいたのではないだろうか。




この旅を終えて:


瀬戸内海の島々を見ていると、
ひたすら美しさに見とれてしまいます。そしてアートだけを見ているとひたすら人の技の面白さに集中します。

 でも何より旅をしていると、その土地の日常も垣間見る事ができ、アートを通して人の営みの重さ、面白さをより強く感じる事ができます。







ちょっとしたアートの旅のチェックポイント
・とにかく思い切って出かける事。
・開館日/時間をしっかり確認する事。
・企画展の有無もチェック。(猪熊弦一郎美術館で猪熊の作品が少ししか見られなかった!!)
・貸し出し中のコレクションもチェック(大原美術館で見たかった絵が東京へ来ていた)
・失敗しても必ず新しい出会いがあると思うこと
・いいと思った作品があれば簡単に予定を変更する事
・スケッチをする場合はもう一時間余裕を見る事。(スケッチカフェで手慣らしをする)



瀬戸内アート旅行 4日目  直島のアートと現実

 


瀬戸内アート旅行4日目 直島のアートと現実
6/23



残念ながら今日で直島を去ります。
夢の様な安藤建築とお別れです。
しかも梅雨だというのに快晴。犬島へ向かいます。








直島から犬島へ小さな高速船で島々を縫う様に1時間。客は我々3名のみ








直島の北側に三菱マテリアルの精錬施設が現れました。昔は有害物質を出す施設は島陰に作られていたのですね。今でも山のところどころが禿げています。



そして、さらに戦後最大級といわれた豊島の不法産業廃棄物投棄事件で、一時は処理はできないと匙が投げられていたのですが、ちゃんと直島が請け負っていました。右がその処理施設です。

アートの陰にはこんな施設も受け入れていた。何でもやる直島。いろいろなものを受け入れ、小さな島は必死に生き抜いているのだと強く感じました。



現代アートが来ても誰もやりたがらない廃棄物処理施設が来ても住民は怖がらず、
積極的に受け入れ、生きる道を探っている。直島は立派です。



そしていよいよ犬島へ〜。
100年前まで操業していた製錬所に建築家
三分一博志と柳幸典のアートワークがある。今でもプロパンガスの臭いを製造している工場があり、清濁併せ持つここも島である。

    
  

3年前に訪れたときは、予約制で地元のおばあちゃんが愛情込めて案内してくれた。まだ怪しげなところがたくさんあって面白かったが、今や案内役も若いボランティア。奇麗になった上、柳幸則と建築家妹島和世のコラボレーションによる家プロジェクトも島に浮いて見えた。

瀬戸内アート旅行 三日目 家プロジェクト

 瀬戸内アート旅行 三日目 家プロジェクトへ 6/23

         直島の住民は元々が新しい物好きだった?

      

直島は塩の町でもあった。そこに有害な公害を発生させる精錬所が建設され、数十年前まで島はその毒で禿げ山になっていたという。

これではいけないとベネッセハウスの福武社長がアートの島にしようと直島に目を付け、直島は受け入れた。何でも受け入れる島だ。
私は2度目の訪問だったが、3年前より島が豊かに見え、緑が多くなった。


家プロジェクト・・・古家を使って作家がインスタレーションや作品を置いている。
作家は杉本博司・宮島達夫・須田悦弘・大竹伸朗・ジェームズタレル・千住博史
   

    




 
直島の町並みは趣きがあり、暖簾をかけている家も多く、庭も奇麗に見せている。




またも出会ってしまった杉本博史の「護国神社」
彼は元骨董商/写真家/建築家/アーティスト。紫綬褒章受勲者。
ウ〜〜〜ン!?
階段に光っているのは氷ではなく、光学レンズ。地下まで階段がのびていて、それが瀬戸内海に向かって開いている。







大竹伸朗の直島銭湯!(I love 銭湯)


銭湯もアートに。
大竹伸朗はとにかく廃材を集めて作品にしてしまう。ひょっとして船の操船室?
パチンコ屋から自由の女神を持ってきたり、何でもかんでも作品にしてしう。あちこち見るのが楽しい。
直島に行ったら是非銭湯お試しあれ。








直島はホテルに美術館がついているので、宿に帰っても忙しい。夜8時からのギャラリーツアーもあり、酔っぱらってはいられない。

ふと思い出すが、昔絵はどういう風に見たらいいのかについて、美術手帖の元編集長が私に「スポーツの様に数を見るんだ」と言っていた事がある。今日は500枚見たとかなんとかいい加減なことを言っていたが、やはり若いときは質より量かもしれない。私の今は違うが・・・。

瀬戸内アート旅行 二日目 地中美術館

 瀬戸内アート旅行 二日目 地中美術館へ  6/21
 
建物のほとんどが地下に潜っていて美術館が見えない。
右手ほんの少し山の上に白いものが見えるのが地中美術館。
たった3名の作家(クロードモネ・ジェームズタレル・ウォルター・デ・マリア)のための美術館。しかも作品数はたった9点である。
 山を切り崩してそこに美術館を建て、再び埋め戻したと聞いたが、
その技術や労力そして経済はいかばかりなのだろうか?想像を絶する。
     


  
そして、こちらも安藤忠雄設計の李禹煥 美術館。こちらも無機質な大きなコンクリートの壁の間を進んで美術館へ入る。とにかくストレートに目的地に連れて行ってくれない。


設計が先なのか美術家の作品が先なのか、
これらの美術館は安藤忠雄のための美術館で、
美術家が作品を貸しているのではないかと思うぐらいである。






ホテルまでの帰り道、海岸繊にはたくさんの彫刻が配置されていた。彫刻たちは島に優しい陰を落としていた。









    

   


あれ!!ここにも杉本博司がいる。今回の瀬戸内旅行は杉本博司に追いかけられているようだ。
 厳密なコンセプトと哲学で人気があるらしいが、わたしにはなんだかわからない。

瀬戸内アートの旅二日目午後〜直島


瀬戸内アート旅行 二日目 午後

直島アートサイトへ

安藤忠雄設計の地中美術館とベネッセハウス
http://www.benesse-artsite.jp/benessehouse/




イサムノグチ(牟礼)を後に、高松港からフェリーで直島アートサイトへ
今回の旅の目玉である。
実は3年前に一人でここを訪れた事があり、再び同じ場所に同じ様なルートをとり,今度は家族とともに訪れた。
梅雨のさなか、雨を覚悟していたのにこのお天気。最高の季節!!


宿泊はベネッセハウスミュージアム棟オーバル。
1、2階は美術館になっていて、
夜10時まで美術を楽しめる。
直島の山の上に立っているにもかかわらず私たちの部屋に行くには更にモノレールに乗って2、3分。
安藤忠雄はなかなか目的地に連れて行ってくれない。


モノレールを降りると、いきなり滝の音が聞こえ、
大きなプールが目に飛び込んでくる。プールの回りには各部屋の扉が。
   


そして、部屋の扉を開けると、いきなり瀬戸内海の見事な風景。


部屋の前には大きなテラス。
山の上に窓が開いた様。
安藤建築で風景が奇麗に切り取られる。

この風景にたどり着くまでに様々な工夫があり、人間の感動を遠慮なく計算しているようだ。
さらに空間を切り取る才能の見事さに
敬服せざるをえない。
 

たまたま泊まった部屋はリチャードロングの壁画。


その日は島影から昇ってくるおぼろ月と、瀬戸内海を行き交う船の光を眺めながら、虫の声を子守唄に安藤建築にすっかり魅了された一日でした。
               









瀬戸内アートの旅二日目

 瀬戸内アート旅行 二日目  6/21

イサムノグチ庭園美術館へ(牟礼)
http://www.isamunoguchi.or.jp/gamen/home.htm


    
石は生きています。
磨いたり削ったり割ったり・・・人間は
石に「彫刻」という存在を与えます。

すると、時とともに苔がむしたり、
ヒビが入ったり、錆びていったり。
年月を刻むとともに、表情を変えていきます。

だからなんだかイサムノグチがまだ生きて
彫刻を作り続けている様にも思えます。





高松に行ったら絶対「讃岐うどん」を食べよう。
ここは丸亀市役所に入っているうどん屋さん。牛筋とお豆腐田楽をつけて確か500円はしなかったと思う。

久しぶりのアートの旅「瀬戸内」

 瀬戸内アート旅行 6月20日(月)〜24日(金)

ルートは
1日目は高松・丸亀の猪熊弦一郎現代美術館・金比羅宮の円山応挙の襖絵
2日目は牟礼のイサムノグチ庭園美術館&直島地中美術館
3日目は直島の家プロジェクトへ
4日目は犬島の製錬所と倉敷の大原美術館

と若干ポピュラーなコースを辿る事になりました。

本日一日目。雷の注意報が出ているなか、条件付き運行で高松空港に降り立ちました。


残念な事に、(有名な写真家だったらしいが)杉山博司の展覧会開催中で、ほんの少ししか猪熊の絵は見られませんでした。
なんてことだ!
だが、展覧会へ行くという事は、しばしばこういう失敗
をするものである。
時には新しい作家に会えて狂喜乱舞する事もあるが
今回は???だった。

金刀比羅宮 


円山応挙《遊虎図(水呑みの虎)》
江戸時代には伊勢神宮の次に栄えたという金比羅宮の表院に展示されていた。
凄い迫力です。700段近くの階段を上った末に出会えた作品。

そしてちょっと驚いたのが高橋由一の作品がここに30点以上も存在していた事。
この金比羅宮がパトロンとなって高橋を支援していたと言います。
明治11年既にこのようなモダンな油絵を描いていた
高橋はかなり斬新な人物だったのだろうと思う。

































そしてこんな不思議な事??何の表示だろう?
  



calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< October 2011 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
  • 初夏の美術館巡り
    YUKO (06/18)
  • 初夏の美術館巡り
    ヒダカッチ (06/18)
  • 無意識的に芸術的な大衆
    YUKO (03/21)
  • 無意識的に芸術的な大衆
    yoshi (03/12)
  • 春のアートの旅第一弾 尾形光琳「紅白梅図屏風」を訪ねて
    YUKO (03/04)
  • 春のアートの旅第一弾の2  「池田満寿夫はやっぱり・・・」
    YUKO (03/04)
  • 春のアートの旅第一弾の2  「池田満寿夫はやっぱり・・・」
    OBのKI (03/03)
  • 春のアートの旅第一弾の2  「池田満寿夫はやっぱり・・・」
    YUKO (03/03)
  • 春のアートの旅第一弾の2  「池田満寿夫はやっぱり・・・」
    OBのKI (03/03)
  • 春のアートの旅第一弾 尾形光琳「紅白梅図屏風」を訪ねて
    yoshi (03/02)
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM